保存整備

石垣の修復

天下普請の石垣を後世に

20の大名による公儀普請で築かれた名古屋城の石垣は、特別史跡の重要な要素です。
1970年(昭和45)に豪雨により崩落した御深井丸北面石垣の修復をきっかけとして、継続的な石垣の修復を行っており、城郭の雄大な景観を後世に伝えています。

石垣の画像

石垣はもともと堅固なものとはいえ、地盤や背面の状況、経年劣化または災害により積み直しなどの修復が必要となります。
これまでも代表的な修復例として江戸時代の宝暦年間には大天守台の積直しが行われ、明治以降も、当時の管理者である陸軍や宮内省によって石垣の修復が行われてきましたが、記録が少なく、不明な部分も多い状況です。

近年の修復事業は、上述のように御深井丸北側石垣の修復から始まりました。
現在は17か所目の修復箇所として本丸搦手馬出周辺石垣の修復に取り組んでいます。

修復事業の画像

本丸搦手馬出の石垣は、東面と北面の下部に大きく突き出るような変形が生じ、危険な状態であったため2002年(平成14)に解体修理に着手しました。その後解体は有識者等の助言を得ながら慎重に行われ立面積1558平米、4393石に及ぶ石垣解体を2018年(平成30)に終えました。
今後は、石を積み上げる伝統技術を用い、元の石垣の迫力ある姿を構築すると共に、かつて台地の縁であった北側への眺望を一日も早く体感していただけるよう、積直しに取り組んでいきます。

併せて石垣に関する学術的な調査研究を継続し、また文部科学省より「文化財石垣保存技術」の唯一の保存団体に認定されている文化財石垣保存技術協議会とも連携をしながら事業に取り組みます。

復元後の搦手馬出は、虎口を守る小曲輪としての拠点性を感じられるような広場空間を目指します。

石垣修復事業の画像
石垣修復事業の画像