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金鯱

尾張藩の権威を示した金の鯱

名古屋城のシンボルと言えば、天守閣を飾る金の鯱。1612年(慶長17)、史上最大の延床面積を誇る天守閣の完成の際、徳川家康の支配力や尾張徳川家の権威を誇示するため、絢爛豪華な金鯱が載せられました。
金鯱は雄(北側)と雌(南側)の一対で、雄の方が大きくつくられています。体を覆う金の鱗は雌の方が多く、きらびやかに演出されているのも特徴です。江戸時代、その輝きは熱田の浜に魚が寄らないほど光っていると歌に歌われたほか、東海道を行く旅人も「天下様でもかなわぬものは 金の鯱ほこ あまざらし」と、金鯱をあまざらしにする尾張藩を称え、その名声は全国に轟きました。ただ、尾張藩が財政難を迎えると、その度に金鯱の価値があてにされ、明治になるまでに3度改鋳されています。
明治時代に入ると名古屋城と金鯱の取り壊しが決まります。しかし、名古屋城の文化的価値を高く評価する人々の反対によって、保存されることになりました。その後、金鯱は雌雄それぞれ日本国内やウィーンの博覧会に出品されるなどして、世界でも人気を博します。
江戸、明治、大正、昭和と333年の長きにわたり名古屋城を守ってきた金鯱ですが、残念ながら1945年(昭和20)5月、太平洋戦争の空襲により天守閣もろとも焼失してしまいます。しかし、名古屋の人々の熱意により、昭和実測図などをもとに詳細に復元され、現在は2代目の金鯱が再建された天守閣(閉館中)の頂で輝いています。

二代目金鯱のサイズなど

北鯱(雄) 南鯱(雌)
総高 2.621m 2.579m
重量 1.272kg 1.215kg
金板の種類 18k 18k
金板の厚み 0.15mm 0.15mm
うろこの枚数 112枚 126枚
金量(18k) 44.69kg 43.39kg