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石垣・清正石

大名による石垣普請と清正石

大名による石垣普請と清正石の画像

名古屋城の石垣は、本丸・二之丸・西之丸・御深井丸(おふけまる)を中心に築かれ、三之丸も含めるとその距離は城全体で総延長8.2㎞に及びます。
築城の際、石垣工事を命じられたのは元豊臣家臣の外様(とざま)大名20家で、「丁場割り」といって大名ごとに持ち場が決められていました。石垣に使われている石をよく見ると、さまざまな記号が刻まれています。この刻印は、各大名が苦労して運んだ石を他家と区別するために付けたものとみられ、いさかいを避ける知恵でもあったようです。
石垣工事で大活躍したのが石垣づくりの名手とされた加藤清正です。最も重要な天守台の石垣を担当し、熊本(肥後)から約2万人を引き連れてやってくると、わずか3カ月足らずで工事を終えてしまったと伝えられています。本丸東二之門を入った正面には、大きさ約八畳敷、重さ推定10トンとされる名古屋城の石垣で最大の巨石があります。この石を清正が運んだという伝承があり「清正石」と呼ばれていますが、この石垣の施工大名は黒田長政なので単なる説話と思われます。