名古屋城公式ウェブサイト

イベント

トップページ > イベント > 平成20年度イベントスケジュール > 名古屋城特別展「失われた国宝 名古屋城本丸御殿‐創建・戦火・そして復元」 > 代表的な展示品

【ここから本文】

代表的な展示品

花車図(はなぐるまず)

★前期(9月20日~10月15日)展示
重要文化財 名古屋城

 名古屋城本丸御殿の杉戸絵。将軍の宿泊施設である上洛殿廊下に立てられていたもので、江戸時代はじめ、狩野派画家によって描かれた。将軍御座所という格式にふさわしく、優美な花車が色鮮やかに表され、外枠にまで金蒔絵による加飾が施されている。

天皇御座椅子

名古屋城

 明治26年、名古屋城は離宮となる。出品の椅子は、黒漆塗・唐草文蒔絵の木部に金蒔絵で菊紋を配し、ビロード風の紫色西陣織布を張るもの。和洋折衷の家具であり、明治期の優美な宮殿生活を彷彿とさせる。他に絨毯やガラス製の燭台なども、昭和5年名古屋離宮が名古屋市に下賜された時に名古屋城に伝えられており、本展覧会ではじめて公開される運びとなった。

名古屋離宮俯瞰図

宮内庁管理部

 名古屋離宮であった時代に、宮内省で続けられてきた調査と修理の成果がこの実測図である。現存する各種図面の中で着色俯瞰図は本図しかなく、焼失前の名古屋城の整然たる美しさを伝えてくれる唯一の資料である。

釘隠(くぎがくし)

旧国宝 名古屋城

 終戦直後、将来の参考として保存することを目的に、焼け跡から収集された焼損金具。劣化がひどく今まで非公開とせざるを得なかったが、平成19年度成分分析が行なわれ、その成果は今年度着工予定の本丸御殿復元にも生かされることとなった。出品資料は、本丸御殿上洛殿の長押を飾っていた金具。将軍の御成御殿にふさわしい優美な意匠であった。

本丸御殿上洛殿欄間彫刻 破片

旧国宝 名古屋城

 本丸御殿上洛殿欄間断片として名古屋城に伝えられてきた破片。戦前撮影されたガラス乾板写真との比較から、もともとあった場所が一部確定できる。一点(椿の花)は上洛殿ニ之間入側欄間西面「椿山鵲図」の破片で、左端の椿が葉ごとはずれたもの。もう一点(牡丹の葉)は、上洛殿二之間三之間境三之間側(西側)欄間北側「松牡丹雉子図」の破片。

本丸御殿対面所・上洛殿欄間 破片


対面所欄間 破片


上洛殿欄間 破片

旧国宝 名古屋城

 ごく小さな破片であるが、昭和実測図やガラス乾板写真との比較から、もともとあった場所が確定できる。今なお名古屋城に保管される旧国宝であり、このような破片が戦禍を経て今も保存され、同じように現存する各種資料により本丸御殿の一部と確定できること自体、名古屋城がいかに大切に保存されてきたかを物語る。

竹虎図(ちっこず)

★前期(9月20日~10月15日)展示
重要文化財 名古屋城

 本丸御殿の玄関の廊下に立てられていた杉戸絵。訪れる者を威嚇するべく勇壮な猛獣が描かれていた。
 杉戸の作り方は、半間幅の柾目杉板二枚を継ぎ一間幅の板戸に仕立てたもの。このような巨大な杉戸絵や襖絵1,049面が、名古屋城に現存する。

金シャチうろこ

旧国宝 名古屋城

 名古屋城天守閣の屋上で輝いていた金鯱(きんしゃち)のうろこの破片。
 米軍による名古屋城直撃を恐れ、昭和20年3月、鯱を天守からおろし地中に埋めることが決定された。引き下ろしの作業中、名古屋城めがけて落とされた焼夷弾が組んだ足場につきささり、天守は炎上。猛火により鯱は溶解し、金の固まりが焼け跡に残った。
 その金塊は戦後進駐軍に持ち去られ、後に名古屋市に返還された。一方で、進駐軍が名古屋城を訪れたとき隠し抜いたという鱗の破片が、現在まで厳重に保管されてきた。空襲以前にはずれ別に保管されていたものなどで、今回の展覧会では今残る破片の全てを公開する。

集束焼夷弾弾頭

名古屋城

 名古屋城に落ち今なお名古屋城に保存される、E46型集束焼夷弾の弾頭。終戦後、城内で埋もれていたところを発見された。
 この鉄のかたまりが昭和20年5月、名古屋城めがけて多数落とされ、江戸時代初期の築城以来天下の名城と賞されてきた名古屋城を数時間で地上から消滅させたのである。
 今回の展覧会では、焼夷弾が落ちたが不発であったため壊れただけですんだ本丸御殿の金襖、焼け跡から拾い集められた金具など、なまなましい資料をはじめて公開する。いずれも、国宝であった名古屋城の一部に他ならない。

名古屋城特別展「失われた国宝 名古屋城本丸御殿‐創建・戦火・そして復元」へ戻る

ページトップへ戻る

【ここからフッタエリア】

Copyright © 2008 Nagoya Castle. All rights reserved.