「芸どころ名古屋」と言われるほど、昔から芸能や習い事が盛んな名古屋。その基盤をつくった尾張藩では代々、能が親しまれており、名古屋城でもひんぱんに演能が行われていたそうです。そんな当時を彷彿とさせる催しが企画されました。2023年9月30日の「名古屋城夜間特別公演【名古屋城本丸】薪能」です。当日は、雨により会場を名古屋能楽堂へ移しての開催になりましたが、当日のレポートを兼ねて、尾張藩主が愛した能や江戸時代の演能の様子についてご紹介します。
「武家の式楽」として花開いた江戸時代
現在の能・狂言の起源は、室町時代。その歴史は700年にもなると言われています。能は戦国の武将たちにも愛され、幕府の庇護のもと、「武家の式楽(しきがく/公的な儀式で演じられる芸能)」として定着しました。
能役者は幕府や大名家に召し抱えられて、年中行事や公家との謁見の場など、さまざまな催しの場で活躍していました。
白獅子、赤獅子が豪快な舞いで世をことほぐ、おめでたい演目『石橋(しゃっきょう)』。2023年9月30日の公演で上演されました。
二之丸御殿にあった「表舞台」と「奥舞台」
江戸時代初期には、すでに現在の能楽五流派につながる五座が将軍家で能を演じていたことがわかっています。
将軍家以外の大名家ではそのうちの複数の流儀が揃うことは稀でしたが、尾張徳川家は「芸どころ名古屋」の土壌を築いた、芸能を愛する家系。尾張藩では、多い時には四流派の能役者が揃って召し抱えられていたそうです。
名古屋城内には、二之丸御殿に「表舞台」「奥舞台」の二つの能舞台がありました。折々の機会に、さまざまな流儀の役者が華やかに競演していたことでしょう。
当時の様子を今に伝える「名勝二之丸庭園」。二之丸御殿は、本丸御殿の約3倍もの規模だったそうです。
二之丸御殿に二つの能舞台があったことを示す資料。『名古屋城二之丸絵図』名古屋城管理事務所所蔵。
自ら舞うこともあった、能好きな藩主たち
代々の尾張藩主は、儀式の一部として演能を主催するだけでなく、自らも能を舞うことがあったようです。初代義直は小鼓の名手で、能も舞ったという記録があります。
二代光友は、能の名手と称えられた逸話があるほど、素人離れした技量の持ち主でした。家臣が能を舞うことを推奨していたとも伝えられています。また、4代藩主の吉通は、歴代藩主のなかでも特に狂言びいきで、何度も狂言だけの演能を行っていたそうです。
豊臣秀頼から初代義直へ贈られたという小鼓。「苅田蒔絵小鼓胴 附 葵紋扇散蒔絵鼓箱」徳川美術館所蔵 ©徳川美術館イメージアーカイブ/DNPartcom
町人も参加した一大イベント「町入り能」
尾張藩では、二代光友が藩主として初めて名古屋城に入った際の祝賀能を機に、「町入り能」が始まりました。
町入り能は、将軍をお招きする席や藩主の昇進、世嗣(よつぎ)の誕生など、「ハレ」の日のみに行われる特別な演能の機会です。将軍や大名の居城で、家臣や一部の有力な町人も、能を鑑賞することができました。
今でこそ私たちはお城を自由に観光できますが、当時の城下町に暮らす人にとっては別世界。お堀を越えて格式高い武家の文化に触れることのできる、一世一代のイベントだったことでしょう。
尾張藩の町入り能は、二代光友から十五代茂徳の時代にわたって計16回も開催されたということが確認されています。
「町入り能」では、白洲にて大勢の人が能舞台を鑑賞しました。錦絵『町入能図』 国立劇場所蔵。
令和の時代に、夜のお城で能鑑賞
能舞台のあった名古屋城二之丸御殿は明治期に取り払われ、名勝と称えられる二之丸庭園がその名残りを伝えるのみとなりました。しかし、「芸どころ名古屋」は令和の時代も健在。名古屋能楽堂を中心に、全国でも指折りの能が盛んな地域として知られています。
「名古屋城夜間特別公演【名古屋城本丸薪能】」は、名古屋能楽堂と名古屋城がタッグを組むことで初めて可能になった試みです。チケットは、販売開始から間もなくして完売に。"夜のお城で薪能"という滅多にないイベントに、熱い期待が寄せられました。
「名古屋城本丸薪能」のチラシ。
武士が愛した幽玄の世界を堪能
公演当日、本丸御殿北側では特設能舞台が完成。日が暮れる頃には、かがり火(LED使用)も灯されました。その背景には、壮麗な大天守の姿が。ライトアップされて一層大きく感じられます。
一般客のいない名古屋城内を誘導灯に導かれて来場した観客は、夜のお城をバックに記念撮影を楽しんでいました。
2023年9月30日の名古屋城と、雨が本降りになる前の特設能舞台の様子。
日が沈む頃、セッティングが万全に整えられた特設能舞台の観客席。
ところが、開演まであと少しというところで雨が本降りに。移動先の名古屋能楽堂にて、能『通小町』、狂言『杭か人か』半能『石橋(しゃっきょう)』の三番が上演されました。
2023年9月30日の公演にて。小野小町と深草少将の伝説を題材にした『通小町』。
2023年9月30日の公演にて。狂言『杭か人か』。
武士が愛した幽玄の世界を堪能した観客からは、「雨で残念だったけれど、感動しました!」「激しく舞う獅子の迫力にびっくり。能のイメージが変わりました」などの声が聞かれました。また、初めて能を観る機会として薪能を楽しみにされていた方も多い様子で、「初心者でも理解しやすい演目でした。次こそ薪能で観たいです」という感想をいただきました。
名古屋城では、今後も城内で文化や芸能に親しむ機会を積極的に設けていく予定とのこと。ぜひお楽しみに!
Text:Chikako Asai Photo:Takayuki Imai
「名古屋能楽堂」
「薪能」の雨天時会場となった名古屋能楽堂は、総木曾檜造りの能舞台を備えた、名古屋能楽界の中心地。能・狂言の公演が定期的に開催されています。鏡板が「老松」と「若松」の2種類あり、1年ごとに掛け替えられることでも知られています。常設の展示室では、パネルや映像、能面や装束の展示を通して、能楽の魅力に触れることができます。今回ご紹介した能と武士の関係や、名古屋城、尾張藩との関わりについても詳しく解説されています。場所は、名古屋城正門前すぐ。お城観光の一環としてぜひお立ち寄りください。