お城note

醸造の道が育んだ城下町の味「白醤油」

豆味噌、たまりなど、とかく色や味が濃い印象の尾張名古屋の醸造調味料。ところが、淡い色、やさしい味にもかかわらず、この地方で長く愛されている醤油があります。

それが、小麦を主原料とする白醤油。その起源は、名古屋の城下町と何やら密接な関係にあるそうです。2021年の第48回全国醤油品評会で最高賞である農林水産大臣賞に輝いた白醤油の製造元、菱太産業株式会社(屋号:太田屋)を訪ねて、白醤油について詳しくお聞きしてきました。

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食材を引き立てる色と風味

白醤油は、名古屋めしの主役を張る豆味噌やたまりと合わせて、味付けの名脇役として使われることが多い調味料。名古屋では定番の「志の田うどん」「親子なんばうどん」などの白つゆに使われており、この地方に暮らしていると気づかずとも口にしていることがある、隠れた定番の味です。 その魅力を教えてくださったのは、太田屋の八代目、代表取締役社長の太田恭平さんです。

スクリーンショット 2022-04-04 18.34.42.png菱に太田屋の「太」を染め抜いたTシャツがお似合いです。

大学では微生物学を専攻し、家業を継いだ太田さんは、醸造全般に詳しく、さながら白醤油ハカセのよう。そんな太田さんに、まずは白醤油の味わい方からお聞きしました。「白醤油を使う料理の代表格は、茶わん蒸し。濃口醤油だと茶色っぽくなりがちな卵液がきれいに蒸しあがるんです。太田屋のInstagramでは、ほかにも母が昔からつくってくれる我が家の定番料理の数々を紹介しています」。

スクリーンショット 2022-04-04 18.35.26.png春のおすすめ、「桜ごはん」。桜の色が映えて、きれい。Instagram@otaya_shiro_shoyu

色が淡く、クセのないうまみが特徴の白醤油は、素材の味や色合いを引き立てたい料理におすすめです。たとえば、だし巻き卵には白醤油を使った餡をかけてみましょう。料亭の一品のように味わい深く、黄金色が美しい一品のできあがりです。

スクリーンショット 2022-04-04 21.58.49.png名古屋城春まつりの鯱食堂「パーラー醸造」でいただける、白醤油を使用したメニュー。

太田屋では、インスタで紹介した料理を冊子としてまとめた「白醤油使い方手帖」も発行。

スクリーンショット 2022-04-04 21.47.19.png選りすぐりの器とコーディネートして撮影した料理は、料亭の一品みたい。素敵です。

白醤油って、 どうやってつくってるの?

では、この白醤油の繊細な風味と色は、どのようにして醸されているのでしょうか? 製造方法を知るべく、太田屋の工場内へ。

急な角度のスロープを下った先にある工場には、すーっと風が入ってきます。先々代からの教えで、麹作りには土地の空気を取り込むことでいい麹になると言われており、風通しの良い設計となっているそうです。酒蔵、味噌蔵などと同様、外から入ってくる菌や室内に棲みつく菌が、醸造の助けをしてくれるのですね。

スクリーンショット 2022-04-04 18.36.46.pngわざと締め切らず、開放的な空間にしています。

白醤油は、大豆を主原料とするたまりや濃口醤油とは異なり、小麦をメインに使います。まず、蒸した小麦に麹の種を植えつけ、ゆっくりと回る円盤型の製麹機(せいきくき)で、じっくり育てます。製麹機は30℃前後に温度管理されており、麹が息をしているので、扉から覗いたらメガネが曇ってしまいました。

スクリーンショット 2022-04-04 18.37.06.png製麹機の内部。フルーツのような麹香がふわっと鼻に抜けます。

3日かけて麹が育った小麦は、ぽろぽろとした柔らかめのシリアルのよう。味見をさせていただくと、栗に似た風味です。結構おいしい。

スクリーンショット 2022-04-04 18.37.20.pngこちらは2日目の小麦。白い麹で覆われ始めています。

できあがった麹は、屋外の仕込みタンクに移して塩水と混ぜ、3カ月間寝かせます。すると、麹の酵素で小麦や副材料の大豆の栄養分が分解されてエキスとなって塩水に溶け込みます。それが、白醤油となるのです。 スクリーンショット 2022-04-04 22.27.35.png仕込みタンクは屋外にあります。

タンクから取り出す際には、白醤油の上品な味わいを保つため、自然に流れ出るにまかせて受け止めるだけ。絞ることはしません。これを、「生引き(きびき)」と言います。

「白醤油は、『一番』『二番』の二回、醤油を"引き"ます」と、太田さん。最初に3カ月仕込んで生引きしたのが『一番』、その麹にもう一度、塩水を入れて仕上げたのが『二番』です。太田屋の白醤油は、この二種類の良いとこどり。しっかりした味わいの一番と、華やかな香りの二番、それぞれの特徴を生かしてブレンドし、濃厚かつ調和のとれた味わいに仕上げて完成です。

街道で育まれた名古屋の醸造文化

現在、太田屋の白醤油は守山工場で製造されていますが、その歴史は天保二年にたまり屋としてはじまりました。創業地は、現在の名古屋市東区東桜。昔の町名は駿河町です。駿河町は、飯田街道の名古屋城下町への入り口でした。「大おばの話では、昔の飯田街道は馬車がすれ違えるような大きな道だったそうです。うちの玄関には、馬を留めておくための水飲み場みたいな設備もあったと聞きました」。

スクリーンショット 2022-04-04 18.37.51.png昭和の時代、樽に貼っていたラベル。当時の醸造蔵所在地は「名古屋市東区駿河町」。

古くから続く醸造蔵の創業地は、二種類あるそう。

たとえば、知多半島は酒、たまり、味噌蔵が多く、醸造のまちとして栄えてきました。それは、米どころであり、江戸への海路に恵まれていることから発展している「産地タイプ」となります。特に半田の酢は、江戸で握り寿司が誕生するきっかけになりました。一方、名古屋は都市圏タイプ。太田屋の創業地である駿河町は別名「塩の道」と呼ばれる飯田街道の起点でした。三河からの大豆や塩などの材料を入手するための陸路が確立されている、かつ、城下町での消費を見込んで商売ができる立地は、絶好の場所でした。

では、名古屋の他の醸造蔵はどうでしょう。名古屋味噌醤油工業協同組合の皆さんに、アンケートにご協力いただきました。そのうち14社からの回答を示したのが、このマップ。見れば、多くが東海道、美濃路、飯田街道などの街道沿いに位置しているではありませんか!

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江戸時代の名古屋につながる主な街道。

名古屋の城下町へと続く街道は、醸造業の発展を後押しした"醸造の道"でもあったのです。

西方より来たる、その起源

さて、そんな白醤油は、いつ頃、どのように生まれたのでしょうか。白醤油は、多くのメーカーが愛知県碧南市周辺で作っています。ただ、名古屋の白醤油にも独自の歴史があるそうです。熱田の山崎川近くで醤油たまり屋を営んでいた江崎家(廃業)に、なぜ名古屋で作られるようになり、どう定着していったかがわかるエピソードが残されていました。

江戸時代、江崎家の四男が出家して僧侶となり、長崎へと渡りました。その旅の過程で、大豆に麦を加えて醸造する淡口(うすくち)醤油と出合い、醸造業を営む実家へと伝えたというのです。その時の様子を太田さんはこう想像します。「豆味噌もたまりも大豆と塩でつくるので、全く違う淡口醤油への興味が相当あったんでしょう。『関西では小麦を混ぜて色の薄い醤油をつくっとったぞ』と。それで、あれこれ試して小麦の量を多めにしてみたら、淡口を通り越して面白い味が完成したんじゃないでしょうか」

そうして生まれた新しい味は、当時とても賑わっていた東海道五十三次41番めの宿場町、宮で評判に。味噌たまりの消費圏に受け入れられて、現在に至るのです。

スクリーンショット 2022-04-05 9.41.08.png『東海道五十三次図(吉文字屋次郎兵衛)』(国立国会図書館デジタルコレクション)より

いま、その存在が脚光を浴びつつある

近年、全国醤油品評会では、コロナ禍で品評会が開催されなかった2020年を除き、3回連続で白醤油が上位の賞を獲得しています。白醤油は、麹の香りが特徴の醤油のため、濃口醤油などを含めた大きなくくりの「醤油」にしては未熟な香りと認識されがちで全国の品評会では高評価を得られない時期もありましたが、その独特な白醤油の味わいが、現代を生きる私たちの舌に受け入れられ、再評価されていることの証ともいえます。スクリーンショット 2022-04-04 22.31.21.png

江戸時代末期に愛知で生まれ、名古屋の城下町や宿場町で育まれ、令和の時代に評価が高まりつつある白醤油。キッチンの調味料棚に白醤油の席を設けて、お料理の幅を広げてみたいものです。

スクリーンショット 2022-04-04 18.38.36.pngまずは味わってみたいという方には、名古屋城春まつりの「パーラー醸造」がおすすめ。白醤油を使ったメニューが揃っています。定番の名古屋めしとは一味違うおいしさを、ぜひご賞味ください。

Text:Chikako Asai Photo:Takayuki Imai

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