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神様に捧げる問題〜尾張藩の和算と算額の歴史〜

2023年01月09日

神様に捧げる問題〜尾張藩の和算と算額の歴史〜の画像

名古屋城とつくる学びの場「学びでつながる城とまち。城子屋」。
今回のテーマは「和算と算額」です。

和算は江戸時代の日本で発展した独自の文化です。私たちが学校で学んできた算数や数学とは異なる、算術を一種のエンターテインメントとして楽しみ、探求する動きが日本各地で起きました。庶民も親しんだという和算。問題を考え、解くことを多くの人が面白がる文化とはどのようなものだったのでしょう。尾張藩藩校「明倫堂」での営みを中心に、その歴史をご紹介します。

また、和算を探究した学者たちは、自身の考えた渾身の問題を額にして「算額」として神社に奉納してきました。尾張藩でも熱田神宮などへ算額を納める風習があったそうです。"和算の問題"といっても、テストのようなお堅いイメージではなく、その表現方法は実に多彩。美しい幾何学模様が映えるもの、絵画と組み合わさったもの。さまざまな算額も目にしながら、江戸の人たちが和算を楽しんだ様子を想像できる講座です。奥深く興味深い和算の世界を一緒にのぞいてみましょう。

日時

2022年年1月10日(土)14時〜16時

会場

本丸御殿孔雀之間(本丸御殿ミュージアムショップ前で受付)

講師

深川英俊 / 愛知県立明和高等学校講師

料金

500円(別途、名古屋城入場料が必要)

定員

35人

申込方法

大ナゴヤ大学HP内のページよりお申し込みください。

当日スケジュール

9:30 受付
10:00 講座開始
11:30 終了

主催:名古屋市(名古屋城総合事務所)
企画・運営:大ナゴヤ大学

現代の私たちが学校などで学ぶ算数や数学にあたる「洋算(西洋数学)」が導入される以前に、特に江戸時代に大いに発展したのが「和算」です。日本独自の算術体系で、測量などで実用されるだけでなく、今で言う遊びやゲームといったものとしても楽しまれていたと伝わっています。
自ら考えた算術の問題を額に収めて神社や仏寺に奉納する「算額」も流行し、尾張藩でも熱田神宮などに算額を奉納する風習があったそうです。

今回の授業では、江戸時代に多くの人が親しみ、探求した和算や算額、さらには尾張藩藩校「明倫堂」の歴史にも触れながら、日本で発展した学問の奥深さを学ぶことに。
先生を務めるのは、深川英俊さん。深川さんは55年以上にわたり教壇に立ってきた教育者である一方で、算額研究をライフワークとしてきた方です。和算や算額の歴史を探究し続け、2010年には「聖なる数学:算額」を上梓されました。
(余談ですが、深川さんは現在、明倫堂を前身とする明和高校に非常勤講師として勤務されています。何だかご縁を感じますね)



第1部「尾張藩と明倫堂」では、明倫堂初代督学を務めた細井平洲に関するエピソードや学び舎としての明倫堂の特徴、そして江戸時代に名古屋のまちでどのように和算が楽しまれてきたのかを、史料を交えて紹介されました。
明倫堂は藩校でありながら、藩士だけでなく庶民にも学問を教えていたそうです。当時の学問の場が想像以上にオープンだったことに驚くとともに、深川さんの「細井氏は、民衆のウケは良かったものの、職員からは煙たがられていたみたい」という解説に、思わず「先進的な人は煙たがられちゃうのは、昔も今も変わらないなぁ」と感じました。



「江戸時代の藩士にとって、和算は学問であり娯楽であった」と話す深川さん。若くして師匠(指導者)となることも珍しくなく、問題を解く際は、弟子も交えて複数人で意見を出し合い、知恵を絞って解いていったといいます。また和算は庶民にも広まり、大人はもちろん、子どもも解くことを楽しんでいたそうです。



身分も年齢も関係なく、和算を楽しんでいた様子を伝える史料も数多く残っています。その一つが、大須観音で起きた算額大論争。7年間もの応酬の記録が残されており、深川さんいわく「実力者も庶民も、みんな本当に明るく言いたい放題していた」とのこと。算額を前に、そこまでの言い合いができるのか…と数学に疎い私は不思議になりました。

大論争のエピソードとともに知多郡出身の農民で、後に葛谷實順の門に入り多くの算額を残すことになる榎本章清という人物についても紹介がありました。榎本について、「大須観音や熱田神宮の算額をワクワクしながら見学したのではないだろうか」という深川さんの言葉に、なるほど現代の人が映画やドラマ、美術展を見て感想を言い合うのと同じく、「面白い問題はどこだ〜?」とワクワクしながら神社や仏寺に足を運んでいたのだなと想像しました。(ちなみに、榎本が奉納した算額は美浜町の大御堂寺などで見ることができます)



第2部「名古屋の寺子屋」では、名古屋城下町をはじめ、尾張藩内の寺子屋の数や生徒数の特徴が解説されました。江戸時代に描かれた絵図には、小さな子どもが遊んだり踊ったりしている様子が。現代だったら学級崩壊状態ともとれます…(深川さんは「こういったことはしちゃいけないよと啓発するための絵図だったのでは」と推測)。



幕末の外国人も「日本人は子どもを甘やかしている」と苦言を呈したそうですが、見方を変えれば、江戸時代から子どもの教育、つまり初等教育が充実していたともいえます。他にも一般の塾の様子を描いた絵図には、女性の姿も。岡山市総爪神社に奉納されている絵図には、問題を前に師匠や弟子、女性、子どもが集まる「庶民の算術」の様子が描かれており、「すべての階級が楽しんでいた」ことを伝えます。想像する以上に、江戸時代の教育の場はおおらかで開かれていたのだと感じました。



第3部「聖なる数学」では、深川さんの著書や膨大な史料をもとに、和算の魅力をひもとくことに。和算は洋算と比べて絵を用いることが多いそうで、深川さんは「これは日本で木版画が発達していたからでは」と推測。確かに西洋で発達した活版印刷は、文章を印字するのには向いていますが、絵図を入れようとするとなかなか手間がかかります。木版画なら、文字も絵も同じ「彫る」ものなのでハードルは低そうです。

深川さんによると、和算の中で特に発達したのが幾何学で、現代の海外でも高く評価されていると言います。他にも、現代の数学者が証明したことが、江戸時代にはすでに証明されていたと発覚したこともあったとか。「和算=江戸時代の学問=古い学問」ということではない点にも驚きました。



第4部「外国からも興味津々」では、外国人向けに深川さんが算額を紹介したり、著名な数学者との交流したりしてきた活動の足跡について紹介がありました。文字どおり「興味津々」な様子を目にして、国にかかわらず人を魅了する学問なのだと感じました。
加えて、自国の文化こそ、実は価値をよくわかっていないのかも、と。というのも深川さん、かつて奉納された算額が雨ざらしになっていたり、橋の床版に使われてしまっていたりしていた算額を数多く救出してきたそうなのです。せっかくの算額がそんな扱いを受けていたなんて…と思いつつも、和算のことをよく知らない(それこそ、今回の授業に参加する前の私のような)人からしたら、その価値には気づけないのも、仕方のないことでもあるのですが…。価値に気づく、といった点でも「知らないことを学ぶ」意義というのを、改めて感じました。

授業では、深川さんが所有する膨大な史料も展示。史料を前に、わいわいと感想を口にする様子に、少しだけ江戸時代の学びの場の風景を重ねました。





写真・レポート:伊藤成美