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本丸御殿観覧時のお願い

本丸御殿では、柱はもちろん床板や障子の桟にいたるまで、桧をはじめとする貴重な木材を用いています。飾金具や障壁画復元模写も、職人や絵師が心をこめて制作しました。今のこの美しさを保つため、皆様のご協力をお願いいたします。

・入口で靴をお脱ぎいただきます。素足・ストッキングの方は、備え付けのスリッパにお履きかえください。
・リュックサック、肩掛け式バックなど、御殿を傷つける恐れのあるものは、御殿内の無料ロッカーにお預けください。
・襖、障子、金具類には、絶対にお手を触れないでください。
・障壁画保護のため、カメラのフラッシュを事前にお切りください。切り方などご不明の方は、係員にお声がけください。
・建物を傷つける行為はお控えください
・飲食禁止
・禁煙
・携帯電話使用禁止
・車椅子の方は、御殿北側のスロープをご利用ください。御殿内専用の車椅子を用意しております。
・江戸時代の空間を正確に復元するため、照明を控え、冷暖房・トイレなどは設置していません。体調に十分ご留意のうえご観覧くださいますようお願いいたします。
・本丸御殿復元工事は、平成30年(2018)まで行われます。工事の音や振動もありますが、ご了承ください。

本丸御殿入館時間

午前9時から午後4時まで

本丸御殿入場料

無料  (ただし、名古屋城観覧料が必要)
          大人 500円 (団体割引あり)
          市内高齢者(敬老手帳をご提示の方) 100円
          中学生以下・各種障害者手帳などをご提示の方と付添の方
          2名まで 無料
詳しくはこちら

その他(本丸御殿について)

名古屋城本丸御殿とは

名古屋城本丸御殿は、尾張藩主の住まいとして徳川家康の命により慶長20年(1615)に建てられました。20年後、将軍のお成御殿として上洛殿が増築され、格式高き御殿として知られていましたが、昭和20年(1945)の空襲で天守閣とともに全焼しました。

名古屋市では、平成21年(2009)1月から本丸御殿の復元に着手し、平成25年5月29日から玄関・表書院を、平成28年6月1日から対面所・下御膳所を公開しました。
平成30年6月8日に完成公開を迎え、上洛殿や湯殿書院等を公開予定です。

本丸御殿内の説明

車寄 車寄は、将軍など正規の来客だけが上がる、本丸御殿への正式な入口です。唐破風(からはふ)屋根をいただく堂々たる外観で本丸御殿の中で最も太い柱が使われています。
玄関・大廊下 玄関は、正規の来客がまず通される建物で、床(とこ)や違棚(ちがいだな)が備えられていました。周囲の壁や襖には勇猛な虎が描かれ、客を驚かせました。続く大廊下は、玄関と奥を結ぶ重要な通路で、幅は3間(約6メートル)に及びます。
表書院 表書院は、江戸時代は広間と呼ばれ、藩主と来客や家臣との公的な謁見(えっけん)に用いられました。一番奥に位置する上段之間は、床(とこ)や付書院(つけしょいん)を備えるとともに、床(ゆか)も一段高くしており、藩主の座として使われました。
溜之間 溜之間は、表書院(おもてしょいん)などの控えとして使われた建物だと考えられています。江戸時代には刀掛(かたなか)けと槍掛(やりか)けが設置されていたことが、名古屋城の記録である『金城温古録(きんじょうおんころく)』からわかります。
中之口 中之口部屋は、本丸御殿の実質的な玄関で、家老の詰所としても使われました。内部は6つの部屋に区切られ、西側・南側・北側に入側(いりがわ)(廊下)がめぐっています。
対面所 対面所は、藩主と身内や家臣との私的な対面や宴席に用いられました。上段之間(じょうだんのま)・次之間(つぎのま)には、四季の風物や名所が、多くの人物とともに描かれています。
下御膳所 下御膳所は、長囲炉裏(ながいろり)が備えられており、料理の配膳や温め直しのための建物だと考えられています。天井には煙出(けむだ)しがあります。
上台所 上台所は、将軍専用の食事を作る建物です。火を使うため、壁は塗籠(ぬりごめ)めで天井には煙出(けむだ)しがあります。屋根は本瓦葺(ほんがわらぶ)きで、庇(ひさし)のみが杮葺(こけらぶ)きです。
孔雀之間・柳之間 孔雀之間と柳之間は、それぞれ孔雀・柳が描かれていたことが部屋名の由来です。しかし、障壁画は失われており、具体的な構図は不明です。
梅之間 梅之間は、将軍をもてなす役割に任じられた尾張上級家臣の控えの間として使われた部屋です。上洛殿と共に寛永11年(1634)に増築されました。
鷺之廊下 鷺之廊下は、対面所(たいめんじょ)と上洛殿(じょうらくでん)を結ぶための廊下で、寛永11年(1634)に上洛殿と共に増築されました。長押(なげし)の上まで障壁画が描かれるのが寛永期の特徴です。将軍や藩主はここを通り上洛殿へ向かいました。
上洛殿 上洛殿は、寛永11年(1634)に三代将軍家光の上洛にあわせて増築された御成(おなり)御殿です。江戸時代は御書院(ごしょいん)・御白書院(おしろしょいん)と呼ばれました。本丸御殿で最も格式の高い建物であり、天井には板絵、部屋の境には極彩色(ごくさいしき)の彫刻欄間(らんま)がはめ込まれています。
上御膳所 上御膳所は、上台所(かみだいどころ)で作った食事の配膳や温め直しのための建物です。長囲炉裏(ながいろり)と煙出(けむだ)しがある御膳場(ごぜんば)と上段之間(じょうだんのま)・上之間(かみのま)の3つの部屋があります。
湯殿書院 湯殿書院は、将軍専用の風呂場です。風呂(湯殿)は唐破風(からはふ)付の蒸風呂で、湯船はありません。上り場(あがりば)は3部屋あり、将軍の休息に使われました。
黒木書院 黒木書院は、本丸御殿で最も小規模な建物で、部材に松が使われているのが特徴です。清洲城にあった家康の宿舎を移築したとの伝承があります。

今後の公開予定

名古屋市では、本丸御殿の復元工事を3期に分け進めています。平成28年(2016)には対面所などが完成し、平成30年(2018)には、将軍上洛の際の居館として建てられた上洛殿などすべての建物が完成する予定です。工事期間中、復元過程の公開を行います。


玄関・車寄外観


戦災焼失前玄関・車寄外観


表書院一之間 北東面


表書院上段之間 北東面


対面所 次之間 北東面


対面所 上段之間 西北面

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