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東海道のかなめ尾張徳川家の創設

関ヶ原合戦の後、当時の尾張国清須城主(24万石)の福島正則は安芸国・備後国(49万8千石)へ転封となり、その後へ武蔵国忍城主松平忠吉(徳川家康第4子)が配されました。
関ヶ原合戦の功労者である外様大名は加増して遠国へ転封し、重要拠点には一門・譜代大名を置くという家康の大名配置政策の典型です。
しかし、松平忠吉は慶長12年(1607年)に23歳の若さで病没したので、清須城には、甲斐国府中城主徳川義直(徳川家康第9子)が封ぜられました。これが、御三家筆頭尾張徳川家の始まりです。

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