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天守造営

幕府は、天守閣や隅櫓などの作事(建築工事)を普請に続いて行いました。作事奉行に小堀政一(遠州)や大久保長安を始め9名を任命し、現場の指揮は、大工棟梁の中井正清が執りました。名古屋城天守閣は、延床面積が江戸城や大坂城をも上回る史上最大の天守閣です。資材は、のちに尾張領となる木曽山の檜、椹などの良材を用いています。伐り出された材木は、筏を組んで木曽川を下り桑名に集められた上で名古屋へ運ばれました。木曽川の洪水で材木が流失してしまったこともあったようです。
天守閣も、着工からわずか2年後の慶長17年(1612年)12月頃には完成しました。
名古屋城天守閣は、桃山時代の天守閣とは異なる層塔型と呼ばれる新しい構造になっています。安定感の中にきめ細かな意匠の凝らされた外観は、名古屋城独特の美しさをたたえています。
天守閣のいただきには、金板でおおった一対の鯱が載っています。鯱には水を呼ぶという伝説があり、火除けのため天守閣上に載せるようになったと言われています。
名古屋城の金鯱には、慶長小判で17,975両分(金量約270キログラム)の金が使用されたと伝えられています。
また、破風や鬼板などに三葉葵紋を付け、家康の城という格式を示しています。

名古屋城天守(戦災焼失)縦断面図(名古屋城蔵)

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